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「想いの軌跡」 塩野七生

塩野七生の過去のエッセイをまとめたもの。 

塩野七生の作品は大体読んでいるので、特に目新しいところはなかったけど、おカネの事についていろいろ書かれているのが興味深い。まずは前書きで著者の作品が高価な理由についてこう記している。

私の著作の値段は高い。理由の第一は、書く為の勉強とそれをものにして巡らせる思考に時間を費やすからですが、それを俗に言えば「仕込み」に時間とお金をとられるということです。だが理由はそれだけではない。本文中に挿入されている、百近くにもなる地図や絵に原因があるのです。とくに地図は金がかかる。

まずは、白地図と呼ぶ海岸線しかひかれていない地図に、必要と想われる都市や河川やその他の地図上の情報を書き込むことから始まります。これを、地図製作の専門家に送る。そこで作られた地図が私のもとにもどってくると、これをもう一度細かにに検討し、あったほうがよいと思う地点やその他を書き加え、再び地図屋に送り返される。これらの作業がすべて終わった段階で、ようやく印刷に回すことができるのです。

地図作りは私の作品にとって死活問題。韓国や中国で出版される際に必ずつける条件。地図や絵は著者の問題意識を反映している

高価なのは高品質な表紙やカバーのせいだけ、じゃなかったんですね。

あとは年収とか家賃、その他の支出とにも触れられていて興味深い。特に年収は「塩野さんほどの人でもこうの程度なの?」と驚くレベル。労力の割に儲からないものなのだ。ただこれは「ローマ人の物語」以前なので、今はもっと稼いでるだろうけど。

僕が初めて塩野さんの著書を読んだのが1993年発刊の「ローマ人の物語2 ハンニバル戦記」。ちょうど大学受験を控えた予備校生で、そんなの読んでる場合じゃないのに、あまりにも面白くて貪り読んだものだ。「ハンニバル戦記」を読み終わるとすぐに本屋に直行して前作の「ローマは一日にしてならず」を購入。それも読み終わると他の作品にも次々と手を出していった。そんな場合じゃないのに。

ローマ人の物語」シリーズの表紙の裏には「この作品は1992年から2006年にかけて、毎年1冊づつ刊行されます」みたいな事を書いてあって、その時は「えらい先の話だな〜、俺32歳だしまだ生きてんのかなー」などと思った程度だが、今にして思うこれはすごい。この時著者は55歳。いつ何があってもおかしくない年齢。持病の一つくらいはあるだろう。そういう人が、ただでさえ作家にとってリスクがあると言われる書き下ろし本を毎年1冊、15年間出し続ける。しかもそれを堂々と公言。出版社にとっても賭けだっただろう。実際新潮社はこの案を聞いた時、唖然としたらしい。

結局、著者は病気やスランプに陥ることなく、公言通りこれを成し遂げた。多少のバラつきはあるにせよ、どの本も面白くてダレることがない。水準を完全に維持している。どれだけ売れたのかはわからないけど、セールス的にも成功しているはず。まさに「持続する意志」。体調管理の努力は並々ならぬものがあったと思うが、当然著者はそんな泥臭いものはおくびにも出さない。

ローマ人シリーズが終わったあとも、中身の濃い本を書き続けているし、ほんとすごい作家ですわ。

想いの軌跡

想いの軌跡

ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) (新潮文庫)